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車椅子について。

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車椅子があることによって距離を感じる

以前から、仕事でも仕事以外でも、車椅子の方の移動を行っている際に、どうにかならないか?と、思うことがあります。

それは、車椅子というのは、自走や電動車椅子で自分でコントロール出来ない限り、介護者が後ろから押す、若しくは、持ち手となるパーツを前方に取り付け、人力車のよう前から介護者が引くしかない。と、いうところ。
平坦で広々とした空間ならば、アームサポート(肘掛け)のところを掴み、真横に付いて歩くことは可能。

この前後の位置関係によって、歩きながら話し掛けられる、または、歩きながら話し掛けるときに、なかなか聞き取ることが出来ない。と、いうことが、度々起こります。

単純に距離が開くことと、顔が見えない口元が見えないため、急に言葉が飛び出てくるような状況になるんです。
顔が見えないということには、もうひとつ好ましくないことがあって、言葉と表情を同時に見ることで、感情の強弱のある程度の目安が掴めると思うのだけど、それが掴み辛いのと、表情があることで面白みが増す表現、つまり、冗談のような言い回しというのが、わかり辛いというところ。

もしかしたら、僕だけがそのように感じているのかもしれないのだけど、横並びになって、表情を確認し合いながら話し歩いている状況とは、全然違うんですよね。
聞き取れなければ、その都度足を止め前に回り込み聞き直すことになる。

それでいいんじゃない?と、思うかもしれないけど、僕はそうじゃない方がいいと思う。特に、仕事じゃないときは。
相手と自分との間に車椅子があることによって、さらに距離を感じるんですよ。
『横並びに歩き、出来るだけラグなく一緒に“キャッキャキャッキャ”したいのですよ。』

ただ、ここに書いたことも、前提に共通の言語と表現、表情があるので、自分自身それはそれでどうなんだろう。とも、思うんですけどもね。
この言葉が適切なのかわかりませんが、手話などを含めた共通の言語自体を使えない方、表情を作れない方もいらっしゃるし、一見すると笑顔であっても、一般的に認識されている意味での笑顔ではない方もいらっしゃる訳ですし。

この距離を技術革新で、例えばパーソナルモビリティーや非言語によるコミュニケーションなどを確立して、どうにかなんとかならんのかなあ?

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